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地域性に対応のマーケティングを考える



 今年1月にユネスコへ世界文化遺産の正式版推薦書を提出した「富岡製糸場と絹産業遺産群」(群馬県)は、順調にいけば今夏にもイコモスの現地調査を受け、来年のイコモス勧告、ユネスコ世界遺産委員会での審議と手続きが進む。

 今回の勧告で、富士山と鎌倉の登録の可否が明確になり、後に控える「富岡」の審議が先送りされる可能性は低くなった。群馬県世界遺産推進課では「『富士山』のように、良い結果が得られるよう万全の準備をしたい」としている。

◆富岡製糸場 世界遺産推進ホームページ
   http://www.tomioka-silk.jp/hp/index.html

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 富岡製糸場は明治(めいじ)5年(1872年)、明治政府(めいじせいふ)が日本の近代化(きんだいか) のために最初に設置(せっち) した模範器械製糸場(もはんきかいせいしじょう)です。
 江戸時代末期に鎖国政策(さこくせいさく)を変えた日本は外国と貿易を始めました。当時最大の輸出品は生糸でした。輸出の急増によって需要が高まった結果、質の悪い生糸が大量につくられる粗製濫造問題(そせいらんぞうもんだい)がおき、日本の生糸の評判が下がってしまいました。
明治維新 (めいじいしん)後、政府は日本を外国と対等な立場にするため、産業(さんぎょう)や科学技術の近代化を進めました。そのための 資金(しきん)を集める方法として、生糸の輸出が一番効果的だと考えました。そこで政府は生糸の品質改善(ひんしつかいぜん)・生産向上と、技術指導者(ぎじゅつしどうしゃ)を育成するため、 洋式 の繰糸器械(そうしきかい)を備(そな) えた模範工場(もはんこうじょう)をつくることにしたのです。



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