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エリアマーケティング 

地域性に対応のマーケティングを考える



人口流動の地方再生学』の主張

 地方再生は地方発であるべきだ!日本人がもっと動けば,地方も都市も元気になる!地方を衰退させたのは,日本と日本人の「中央集権」である。多様に生きる人々が「居場所」を求めて活発に往来する「人口流動社会」でこそ,地方は再生できる。


<内容紹介>  合併時をピークに減少を続ける人口

 京都市内からJR山陰線の特急列車で一時間余り、京都府北部の綾部市は人口約36,000人(2009年1月)、市街地には伝統的な街並みも残り、出先機関の事務所等も立地する地方小都市である。IT企業の誘致にも成功し、新興住宅団地も造成され、中心部や通勤通学時間帯の駅周辺を歩いている限り、商店の集積や人通りの多さが市城の縁辺部と比較して街の活力を感じさせる。しかし、市の人口は減少を続けており、市制施行時(1950年)の約54,000人と比較すると、現在は三分の二の人口規模である。
                                   
 綾部市の市街地から約30キロメートル離れた、福井県境に接する旧奥上林おくかんばやし村の状況はさらに深刻である。国勢調査人口で1950年と2005年を比較すると、2387人から679人へと3割以下にまで減少している。
 この地域の人々の集会所でもある老富会館で住民から話を開いた。綾部市と合併した1955年頃までは、「村内で日常生活の用が足りた」「林業が盛んで仕事もあった」「集落の近くに小学校の分校もあった」という。日常的な買物、特段高度でない医療や教育、日常の暮らしが村内で完結できたのである。耐久消費財の買物や高等学校などは村外に依存したが、峠を越えたら舞鶴の市街地は至近であった。
 村のなかで「日常生活が完結する」ということは、小さくとも村のなかで「経済が循環する」ことを意味する。林業が盛んであったこの旧奥上林村には、山林の間伐、伐採、伐採跡地への植樹、育林などの森林施業が多くの雇用の場を提供していた。さらに、集材、製材など木材加工も優良な雇用の場であった。
                       
p82-p83

 地場での就業者が多くいて、そこに居住していると、当然のことながら毎日の衣食住にかかわる消費活動が行われ、一定の購買力に見合った商店が立地しうる。かつての旧奥上林村では、小規模ながら商業機能が維持されていたといえる。
 雇用先と衣食住が確保されれば、生活ができる。子供もいるから保育所も学校も成立する。医療や文化、ささやかな娯楽の場にも需要が生まれる。郵便局や金融機関などの公共サービスも提供できて、地域での生活が持続される。人口が再生産され、世代を超えて地域に暮らすことが可能になるのだ。
 地域での生活が維持されていれば、他出した若者も安心して戻ってくることができる。年老いた親が都会に出た子供たちの家族に自信を持って帰郷を促すこともできる。こうした地域の持続性は、そこで生産や消費活動が行われて経済が循環することで成立する。そのためには、かつて経験していたように、暮らしが地域周辺で完結できることが不可欠なのである。
 地方の個性や価値に目を向けないまま自らの産業構造や生活形態を大都市と比較するという、一面的な経済合理性の追求により、元来の基幹産業であった農林業が衰退した綾部市は、背後に広がる山林や耕地、そこから生産される地場特産物等々、地方小都市としての特色や優位性をも失った。一方で、人口減少による経済の縮小のなかで、大企業が櫛の歯の抜け落ちるように撤退すると、同市全体が縁辺部の過疎集落のようになりかねない。

人口流動の地方再生学人口流動の地方再生学
(2009/06/16)
松谷 明彦

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