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エリアマーケティング 

地域性に対応のマーケティングを考える


◆近世国名・藩名:安房(あわ),房州(ぼうしゅう),上総(かずさ),下総(しもふさ))

 千葉県は,首都圏の東側に位置する。県域の大半を占める房総半島は,太平洋に突き出した半島である。海岸線の長さは,534.3キロメートル(平成21年3月31日現在)に及び,変化に富んだ景観を見せている。
  千葉県の総面積は,全国第28位の5,156.58平方キロメートルと,東京都と神奈川県を合わせたよりも広い。 人口は,全国で6 番目の 6,217,119人  世帯数 2,515,220世帯 である。。(平成22年10月1日現在国勢調査速報)

 地勢は,房総丘陵と比較的平坦な下総台地,利根川流域と九十九里沿岸に平野が広がっている。海岸線の長さは,528.9Km(2002年3月現在)で,変化に富んだ景観を見せている。 三方を海に囲まれた千葉県は,冬暖かく夏涼しい海洋性の温暖な気候である。特に南房総沿岸は,沖合いを流れる暖流(黒潮)の影響を受け,冬でもほとんど霜が降りない。降水量は,夏季に多く,冬季は少ない。
 千葉県は,安房国(あわのくに),上総国(かずさのくに),下総国(しもうさのくに)の三国からなっていた。江戸時代は,小藩と天領とに細分されていた。そのなかで一番大きかたのが佐倉藩で8万石であった。1871(明治四年)の廃藩置県により,房総は舘山県,佐賀県など24件,佐倉県など24の県となった。その後,上総・安房の地域が木更津県となり,下総地域は印旛県となった。1873(明治六)年,木更津・印旛の両県を合わせて千葉県となった。

 「古語拾遺(こごしゅうい)」によると,天富命(あめのとみのみこと)は阿波斎(あわのいん)(忌)部(べ)を率い東国に 赴き,麻を栽培させている。 このとき良質の麻が成長したところを総(ふさ:麻の古語)の国といい,阿波斎部が住んだところを安房と名づけたといわれている。総の国は都に近い方が上 総,遠い方が下総と呼ばれました。安房国の「房」と上総国,下総国の「総」を組み合わせて「房総」と呼ばれている。

 鎌倉に幕府が開かれるころ,房総では千葉氏が強い勢力を持った。戦国時代の安房では,里見氏が大きな力を持 った。徳川家康が江戸に幕府を開くと,房総はそのおひざ元として重視され,直接の支配地か身近な家来の領地となった。そのころの藩はみんな小さ く,佐倉藩が一番大きな藩である。

 明治4年(1871)の廃藩置県により,房総には館山県,佐倉県など24の県が生まれた。その後,上総・安房の地域は木更津県となり,下総の地域は印旛県となった。明治6年(1873) 6月15日に,木更津・印旛の両県を合わせて千葉県が誕生した。

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