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エリアマーケティング 

地域性に対応のマーケティングを考える

2017年9月1日現在の推定人口: 830,053人,世帯数: 305,690世帯 。

 ※map 佐賀県ウエブサイトより

 佐賀県は九州の北西部に位置し,東は福岡県,西は長崎県に接し,北は玄界灘,南は有明海に面しています。朝鮮半島までは約200キロメートル足らずと近接しており,大陸文化の窓口として歴史的,文化的に重要な役割を果たしてきました。
佐賀県の面積は,約2,400平方キロメートル,県庁所在地の佐賀市,唐津市,鳥栖市など10市10町で構成されています。2017年9月1日現在の推定人口は830,053人,世帯数305,690世帯です。

 佐賀県の気候は,年間の平均気温が16度前後の地域が多く,穏やかで温暖です。降水量は,東の脊振山から西の国見山にかけての山あいで多く,1年間の降水量は,2500ミリメートル余です。 一方,北部の玄界灘近くや南部の佐賀平野は雨が少なく,1年間の降水量は,1800ミリメートル程度です。


 「佐賀」の由来は,「日本武尊が巡幸の際に,楠樹の栄え繁る有様を見て,この国を『栄の国』と呼ぶがよかろう」と言われたとの事に由来します。
 藩制時には,佐賀,蓮池,小城,鹿島,唐津,厳原(いづはら)の6藩に分かれて統治されていましたが,明治4年7月の廃藩置県によって統合され県と改称されました。

 鎖国をしていた江戸時代,出島のある長崎に隣接していた佐賀藩は列強の情報をいち早く入手できたこともあって,佐賀藩は幕末から明治維新に至る時期において,欧米の先進技術を最も蓄積し,幕府,薩摩を圧倒。激動期の主役でありました。鉄を精錬する反射炉,動力を得る蒸気機関など,明治の近代化を支えた技術の先駆者は,佐賀藩でした。
 特に,新政府軍として従軍した際は西洋式の撥水性と機能性の高い全身装備を纏い,自藩で精錬した鉄製の砲身を持つアームストロング砲を用いて精強と名高かった彰義隊をほぼ壊滅させたことは,近代戦への移行を告げる転換点と言えます。


⇒⇒ なるほど佐賀県 index  http://kobayashi.clever.mepage.jp/47nav/kyusyu/saga%20_index.html
 

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