エリアマーケティング 

地域性に対応のマーケティングを考える
山梨,八代,巨摩,都留の4つの郡からなる甲斐の国は,明治の廃藩置県で「山梨県」となった。県名「やまなし」の由来は,くだもののヤマナシがたくさんとれたから山をならして平地にした「山ならし」からきているなどの説がある。
  山梨県 http://www.pref.yamanashi.jp/ は首都圏の西部に位置し,中部山岳地帯の一角を占め,面積4,465平方km(2016年現在)で,日本の総面積の約100分の1(全国第32位),県土の約78%が山林で,可住地は県土の21.1%,経営耕地面積も5.3 %ほどである。

 甲府盆地を中心とした地域は典型的な内陸性気候で,降水量が少なく,昼夜・夏冬の気温の差が激しい気候である。
 東は秩父山地と丹沢山地,西は南アルプス,南は富士山,北は八ヶ岳と,県土の四囲がすべて山であり,俗に「山があるのにやまなし県」ともいわれる典型的な山国である。

 面積は4,465.27平方km(2016年10月現在)で,日本の総面積377,914.78平方kmの約100分の1にあたり(全国第32位),県土の約78%を山林が占める。2016年10月の総人口は829,8841人,世帯数は333,262世帯。(山梨県常住人口調査)。

 2017-09-全国からみた山梨01
 

昭和20年(1945),終戦を迎え,戦後の農地改革によって自作農中心の体制となり,その後の農業経営は果樹への転換が著しくなります。高度経済成長期には本県でも商工業が発達しました。さらに,昭和57年(1982)の中央自動車道の全線開通後,物流が一気に増大し,ますます工業化が進みました。


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  ◆ 県民性
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 「人は石垣 人は城」──甲斐国(山梨県)が生んだ戦国時代の名将・武田信玄と配下たちの出陣を描く流行歌『武田節』の有名な一節である。戦いに勝つも負けるも,要は人(兵士たち)の団結いかんであることを歌っているのだが,山梨県人の最大の特徴は,その強い結び付きにある。

 それを象徴するのが「無尽」だ。江戸時代に始まったもので,かつての相互銀行の原型を成した互助システムのことをいう。毎月1度,決まったメンバーが集まって,決まった金額を出し合い,それをプールしておく。メンバーの誰かが,冠婚葬祭はもちろん,商売の資金が足りない,急な物入りがあるといった事態に遭遇したとき,蓄えたお金から融通するのである。

 金融システムが近代化された今では,本来の目的=お金の融通という役割は失われてしまったが,決まったメンバーが毎月集まるという形は今も続いている。
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