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エリアマーケティング 

地域性に対応のマーケティングを考える
天皇,皇后両殿下は水産資源の保護や、海・河川の環境保全などを目的とした海づくり大会には昭和56年の第1回大会以降、63年を除き毎年、開会式にご臨席。
熊本県で開かれた平成25年の大会で、水俣(みなまた)市を訪れた両陛下は、メチル水銀によって引き起こされた公害病「水俣病」患者とご懇談。偏見から病気を公表してこなかったという患者の訴えに、陛下は「真実に生きるということができる社会をみんなで作っていきたい」と述べられた。





本書 『水俣へ 受け継いで語る』(2018/4刊)は、水俣病記念講演会をはじめ水俣フォーラムの催しに おいてなされた600を超える講演の中から選択した柳田邦男,井上ひさし氏などの10講演をもとに、解説を付して構成されています。

2018-10-水俣map

◆抜粋-解説にかえて (p198~200)
 井上ひさしさんが水俣病公式確認の頃から新間切り抜きをしていたことは、この溝演で初めて明らかになったが、石牟礼さんとは、彼女が川本輝夫さんたちの自主交渉に同行して、たびたび上京していた頃をはじめ、雑誌や講演会で何度か対談している。農政に詳しい井上さんは本書収録の講演で、水銀を含むチッソの排水を行政が規制しなかったことの遠因に当時のコメ農政があったのではないかと指摘しているが、これまでになされたことのなかったもので、本格的研究をするに値するテーマだろう。

 柳田邦男さんの責任編集で一九九二年に刊行された「同時代ノンフィクション選集」は、原田正純さんの『水俣病は終っていない』を収載していたが、九六年の「水俣・東京展」で原田さんと対談して、水俣病への関心を加速させる。二〇〇四年に関西訴訟の最高裁判決で国の加害責任が確定したために当時の小池百合子環境大臣が設けた「水俣病問題に係る懇談会」の委員を引き受けて水俣病行政と直接接触する。その懇談会終了後、「省庁の委員を何度かやったが、こんなにひどいことはなかった」と漏らしたときの表情が忘れられない。










本書は、水俣病記念講演会をはじめ水俣フォーラムの催しにおいてなされた六〇〇を超える講演の中から選択した一〇講演をもとに、巻頭の詞章と解説を付して構成したものである。。(井上ひさしら十名の講演を収録。)









































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