FC2ブログ

エリアマーケティング 

地域性に対応のマーケティングを考える
 金沢駅は加賀伝統文化の坩堝なり
     出典:金沢の不思議 (中公文庫) 松村友視著より

 駅……というのは、日常の通過点であったり、出会いや別れのドラマが成立する舞台であったり、あらゆる領域の人々が脈絡なく行き交う場所であったり、きわめて多面的な貌をもつ空間だ。
         (略)
 さて、金沢駅にはどのような貌があるのであろうか。
 歴史的に見るならば、金沢駅が開設される以前は、東口あたりは貨物の積みおろし場、西口は何もない町のはずれというところで、石炭を積んだ山が目立つといった環境だった。そこに金沢駅が登場したのは一八九八年(明治三十一)、旧日本陸軍第九師団の編成と連携してのことだった。これは一八七二年(明治五)に新橋-横浜間に鉄道が開通してから、実に二十六年後のことであった。その建築は突貫工事で行なわれたというが、犀川の洪水による冠水が予想される場所を避けて駅が造られたせいで、駅から中心街へのアクセスが犠牲となった。何よりも、日露戦争へのそなえが第一の急務であり、駅の場所についての理想などは二の次であったにちがいない。
 一八九八年といえば、日本は日清戦争から日露戦争にいたる時代のベクトルの中にあって、軍制が確立してゆく雰囲気につつまれる時代だった。木造平屋建ての初代駅舎は、戦後まで使われることになる。旅客ホームは実質的に二面、三面と少なかったものの、貨物ホーム、操車場、旅客留置線ホーム、検修庫は年ごとに拡大し、金沢駅は北陸有数の鉄道ターミナルへと、次第に成長していった。
             (略)



金沢の不思議 (中公文庫)


金沢市は本州のほぼ中心に位置し、明治22年(1889年)の市制施行以来、近隣町村との度重なる編入・合併によって市域を拡大し、平成8年(1996年)には中核市に移行しました。

  • 面積  468.64平方キローメートル

  • 距離  東西23.3km 南北37.3km

  • 推計人口  464,427人(平成30年4月1日現在)

   

  令和元年5月1日現在 前月比
人口    464,220人
     833人増
   225,106人      523人増
   239,114人      310人増
世帯数   205,293世帯   1,206世帯増


   県都金沢市は,加賀100万石,前田家の城下町で、歴史の面影を残す。そのイメージは,「謡が空から降ってくる町」。金沢の町の起こりは,農民を中心とした信者が「金沢御坊」として建立,以来,寺のまわりに,後町,南町などの町がつくられたことがはじまりと言われている。




スポンサーサイト
コメント
この記事へのコメント
コメントを投稿する
URL:
Comment:
Pass:
秘密: 管理者にだけ表示を許可する
 
トラックバック
この記事のトラックバックURL
http://misuzukaru.blog90.fc2.com/tb.php/2062-0f9891eb
この記事にトラックバックする(FC2ブログユーザー)
この記事へのトラックバック