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エリアマーケティング 

地域性に対応のマーケティングを考える

今の三重県は明治初期まで,安濃津(あのつ)県と度会(わたらい)県に分かれていた。1876(明治9)年4月,政府による全国規模で行われた府県の統廃合により,三重県は度会県と合併し,現在の三重県が誕生した。

 しかし,度会県と合併したことにより県域が大きく広がり,県の北端から南端までは大阪-名古屋間よりも長い距離になった。ところが,県庁所在地の四日市は県の北端近くに位置している。あまりにも県庁が北に偏り過ぎているため,県政を運営していく上で支障が出てくる恐れもあった。1876年7月には津への移転が認められた。そして1876年12月に,旧津藩校有造館跡に県庁が移された。



 それから130年余り,四日市は大都市名古屋の近くに立地していたということもあって,人口30万人の県下一の商工業都市に発展した。

 一方の津は,他の県庁所在地のような発展はなく,人口も伸び悩んでいた。だが,平成の大合併で周辺の9市町村と合併し,人口28万人を超える県下第2の都市となった。







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2013/06/16(日) 08:57:51 | ケノーベル エージェント